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鉄道廃線跡を行く

根室本線(富良野〜新得)

2024年廃止

石勝線開通と、根室本線の黄昏

JTB時刻表地図1968
JTB時刻表地図2025

かつて北の大地を旅する鉄道の旅は、まさに時代の息吹そのものであった。 札幌から道東を目指す旅人は、まず函館本線の滝川で乗り換えて根室本線へと入った。赤平、芦別、そして富良野の町々を過ぎ、 狩勝峠という北海道の脊梁を越えて、ようやく帯広、そしてその先の釧路、根室へと至る、それこそが王道であった。

だが、この鉄路の物語に、やがて時代の大きな流れが押し寄せる。1981年(昭和56年)、日高山脈を貫くという難工事の末に、 南千歳から新得を結ぶ石勝線が開通したのだ。それは、まさに歴史の転換点であった。 特急列車が日高山脈を隧道で一気に突き抜けるこの新路線は、従来の根室本線に比べて所要時間を格段に短縮し、 旅人の心も瞬く間に奪っていった。

こうして、富良野と新得を結ぶ根室本線は、幹線としての役割を次第に失っていった。 もはや、道東を目指す旅人たちは、その面影すら探すことがなかった。 この鉄路の最期を決定づけたのは、かの平成28年の台風であった。しかし、それはあくまで決定的な一撃に過ぎない。 この鉄路が長きにわたり患っていた病は、石勝線の開通という、避けがたい時代の大きな流れの中にあったのである。

北の大地を旅する鉄道旅も、このあたりまで来ると、もはやかつての面影を探す旅となっていた。 根室本線、富良野と新得を結ぶ一筋の鉄路が、ついにその物語を閉じた。それはただの交通路の廃止ではない。 明治以来、北海道の開拓という壮大な夢を背負い、広大な原野を切り拓いてきた人々の熱い息吹が、 いま静かに途絶えた、そう見るべきであろう。

『鉄道員』舞台となった幾寅駅

幾寅駅跡。 (映画『鉄道員(ぽっぽや)』での幌舞駅。 駅名看板は「幌舞駅」)
落合駅跡(次の新得駅まで28.1km)

富良野を出て、南へ向かう。車窓からではなく、車を駆って、あるいは自らの足で旧線路沿いの道を行く。 列車がゆっくりと走り抜けたであろう、なだらかで大きなカーブや、 草に埋もれかけた鉄橋の橋脚に、かつての威容をしのぶ。 ここには、鉄道が運び、そして去っていった人々の声が、いまだにこだましているかのようだ。

幾つかの小さな駅跡を訪ねた。金山、幾寅、落合。かつては旅人や物資が行き交い、 人々の生活の中心であったであろう駅舎は、今や静まり返っている。 しかし、待合室のベンチや、ホームの錆びついた柵に手を触れると、遠い日の喧騒が蘇るような錯覚に陥る。 まるで、駅舎そのものが、過ぎ去った時代をじっと見つめている.

特に心惹かれたのは、映画『鉄道員(ぽっぽや)』の舞台となった幾寅駅である。 映画の中の「幌舞駅」として、人々の記憶に刻まれたこの駅は、廃線となった今も、その姿をとどめている。ホームに立つと、主演の高倉健が、雪の舞う中で一人たたずんでいた情景が目に浮かぶ。この駅は、ただの駅ではなく、人々の心の中にある、 一つの物語の象徴なのだ。

狩勝峠、鉄路と大地の記憶

狩勝峠展望台(国道38号沿)

恐竜の昔、この地は西と東に分かたれていた。大陸の縁にへばりつく西部と、千島弧をなす東部の島々。 それが幾千万年の時を経て、二つの大いなる力がぶつかり合い、せめぎ合った。 プレートの激突は、南北に連なる日高山脈を隆起させ、その麓に広大な扇状地を生み出した。 日高の山々から流れ出る十勝川は、大地の表面を削り、また積み重ね、幾度となく訪れた氷期と間氷期のサイクルは、 この大地に複雑な段丘を刻みつけた。こうして生まれたのが、この見渡す限りの大平原、十勝平野である。

しかし、この圧倒的な大自然は、人を容易には寄せ付けなかった。 明治の終わり、この地に一本の鉄路を敷こうとした人々がいた。 彼らは、気の遠くなるような大地の歴史に、わずかばかりの一筆を加えようと試みたのだ。 狩勝峠に立つ者は、目の前の光景に、まず言葉を失う。それは、ただの風景ではない。 悠久の時を経て大地が刻んだ巨大な物語と、その物語に挑んだ、名もなき先人たちの壮絶な物語が、 一つの筆跡となって眼前に広がるのである。

旧線の勾配緩和のため新線が敷設され、石勝線は新狩勝トンネル内で新線に接続する形になった。 旧線の軌道跡は、いまもなお、その苦闘の記憶を鮮やかに留めている。 鬱蒼とした森に少しずつ呑み込まれながらも、幾重にもカーブを重ね、急勾配をよじ登るようにして敷設された線路は、 まるで大地に刻まれた筆跡のようではないか。 その一筆、一筆が、岩を穿ち、土を削り、汗と涙を流しながらも、決して諦めなかった人々の、気骨と執念を物語っている。

「日本三大車窓」狩勝峠を行く

イラスト:新得蕎麦の畑と、ソバの花と実

そして、かつて列車に乗った旅人たちが、狩勝トンネルを抜けた瞬間に見たであろう光景。 それは、彼らの汗と涙の結晶が、この壮大な大自然と一体となった、奇跡の瞬間であった。 眼下に広がる十勝平野の広大な原野。遥か遠くまで続く大地を、蛇のようにうねりながら流れる幾筋もの川。 それは、まさしく「日本三大車窓」に数えられるにふさわしい、大いなるパノラマであった。

鉄路は、その大パノラマを、人々に届けるための道であった。そして、その道は、ただの道ではない。 それは、大地の悠久の物語に、人間の意志という一頁を力強く書き加えた、誇り高き歴史の証なのである。

この鉄路が、いまでは新線にその役目を譲り、静かに草葉に埋もれていく。しかし、旅人は、いまなおこの地を訪れる。 かつての鉄路をたどり、大地の歴史に耳を澄ませる。 そして、旅の終わりに新得の駅に降り立ち、この広大な大地が育んだ恵み、香り高い新得そばと、滋味豊かな新得地鶏に舌鼓を打つ。 それは、この大地がくれたご褒美であり、苦闘の歴史を刻んだ先人たちへの、静かな感謝の表明にほかならない。

(生成AI&樋口元康)


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